情報課題【第11回・レコメンデーションの虚実(11)~ソーシャルとライフログの交差点を目指す】
ライフログ。
それは自分がいつ、どこで、何をしたか、誰としたか等々の人間の行動全てをデジタルデータとして「記録・保存」することだ。(日記などとどう違うのかイマイチよくわからない説明かもしれない…。)
この技術が進歩していくことで、行動だけの記録ではなく、味、景色、香り等々…人間が五感を駆使して取り入れてきた情報全てをデータ化し、コピーできるようなったら…。
その保存・複製された「情報」は「(自分というものを)情報化した自分のコピー」=「自分」になってしまうのか?それってすごく気持ち悪い。それに、全てが情報化され、保存されてしまったら「思い出す」ということをしなくなってしまうのではないか?なんだか人間の脳が衰えそう…(笑)。それにいつか「情報化した自分のコピー」に「自分」という立場を取られそうで怖い。たとえ情報から生まれたものだとしても、全く同じ「自分」が居たら…「自分」って何?「個性」って何?「自分だけのもの」って何??ってなっていくんじゃないだろうか。
現代人はなんでも情報化し、保存したり自動配信されることに頼りすぎる気がする。
自分の意思で動くのではなく、情報というものにコントロールされてしまう時代が来ちゃうかも!?
ドコモのWebサイトでは携帯とライフログを併用した未来シュチュエーションが紹介されていて、その内容は自分の日々の活動を携帯が知っていて(情報として記録していて)、例えば「疲れたからリフレッシュしたいなー」と思ったときに多くの情報を携帯がペチャクチャとしゃべって教えてくれる…というもの。便利っちゃ便利かもしれない。勝手にしゃべるなって感じするけど。